心と夢を磨く365日

自己成長の道しるべ

本当の自分は、探すものではなく「戻るもの」

ここまで、
たくさんの話をしてきました。

探しても見つからないこと。
「こうあるべき」が人を縛ること。
頑張れてしまう人ほど、感覚を置き去りにすること。
感情や欲望が消えたように感じる理由。
強さや成長という理想の重さ。
何者にもならなかった人が残すもの。

これらは、
バラバラなテーマに見えるかもしれません。

でも、
指している方向はひとつです。

本当の自分は、前にあるものではない。

多くの人は、
「本当の自分」を
未来に置いてしまいます。

いつか分かる。
いつか辿り着く。
いつか完成する。

だから、
今の自分は仮で、
未完成で、
途中経過だと思ってしまう。

でも、
もしそうだとしたら、
私たちはいつまで
自分不在の人生を生きるのでしょう。

「戻る」という感覚は、
少し地味です。

劇的でもないし、
達成感もない。

むしろ、
拍子抜けするほど静か。

あれ?
こんな感じだったかもしれない。

その程度です。

戻るとは、
何かを取り戻すことではありません。

重ねてきたものを、
一枚ずつ降ろすこと
です。

正しくあろうとした努力。
期待に応え続けた癖。
分かりやすい自分でいようとした工夫。

それらを、
間違いだったと否定しなくていい。

ただ、
もう必要ないものがあると
認めるだけ。

本当の自分は、
幼少期の純粋さでもなければ、
才能の核でもありません。

もっと現実的です。

今、
無理をしていない状態のあなた。
説明しなくていい瞬間のあなた。
評価を気にしていない一呼吸。

そこに、
すでにいます。

戻る感覚が分からない人は、
探そうとしている人です。

どんな状態が本当なのか。
どれが正解なのか。

でも、
戻るとき、人は迷いません。

なぜなら、
体が先に知っているから。

少し楽。
少し静か。
少し自然。

その「少し」を
見逃さないこと。

大きな気づきは、
必要ありません。

人生が変わる実感も、
いりません。

戻るとは、
気づいたら家にいた、
という感覚に近い。

長い旅のあと、
鍵を開けて、
靴を脱いだときの
あの感じ。

本当の自分は、
主張してきません。

証明も求めません。

だから、
聞き逃されやすい。

でも、
ここまで読み進めてきたあなたは、
もう知っています。

探して疲れたこと。
変わろうとして消耗したこと。
何者かになろうとして、
遠ざかったこと。

それら全部が、
戻るための道でした。

次回はいよいよ最終話。
「それでも、あなたはあなたで在り続けている」

何も分からなくても、
何も出来ていなくても、
それでも続いているという事実について
書きます。

あなたは、
もう戻り始めています。